神余隆博前ドイツ大使講演の抄録 | 定例総会記念講演会

神余元ドイツ大使
神余元ドイツ大使
現在、世界が変容し、従来のバランスが崩れる中で、アジアにおいても多極化、新興国の台頭に伴い、経済的に優位にあった日本の地位が相対的に低下しつつあり、周辺国との領土問題や歴史認識を巡って一種の冷戦状況が生じている。しかしながら、こうした問題には、徒にナショナリズムを煽るのではなく、戦略的、理性的な対応が必要である。

どのような戦略を採っていくかにあたっては、東西両陣営から多数の国が参加、議論し結実した1975年のヘルシンキ宣言等を念頭に、現状を肯定した上で、武力不行使、人権の尊重を前提とし、交渉を継続することが重要である。かつての日中共同声明において日中両国はヘゲモニーを求めなかったが、今やそれが守られていないという現状においては、Peace offensive(平和攻勢)を仕掛けていく必要がある。

四国新聞掲載記事 | 前駐独大使神余氏
四国新聞掲載記事 | 前駐独大使神余氏
この点、ヨーロッパの状況が参照に値するであろう。現在のユーロ危機は、経済のみならず同時に政治の問題でもある。そもそもユーロは、通貨統合により平和を構築するという構想のもと創設されたが、この制度自体、格差のある各国を経済的に統合するという点で構造上の問題を孕むものであった。ユーロ圏外であるイギリスとの分裂、ユーロ内での南北対立、そして経済的に好調なドイツとそれ以外の不況に喘ぐユーロ諸国といった様々なレベルでの分裂が生じており、独仏という二大巨頭の関係も、かつてのメルコジ時代の蜜月関係と比較すると、経済政策の相違等から、距離があることは明らかである。しかしながら各国の協力なくして危機の克服があり得ないことは皆が認識している。

過去の対立を乗り越えてきたヨーロッパの歴史から我々が学びうることは、他国との関係の中で、自国を衰退させず、一層発展させていくことの重要性である。したがって、日本もドイツも決して慢心せず、リーダーシップを執っていくことが必要である。日本は今後アベノミクスを梃子にアジアにおける日本の位置付けを維持し、将来に向けて発展させていくべきであろう。
(文責 佐川友佳子)


神余隆博前ドイツ大使プロフィール

1968年(昭和43年)
香川県立丸亀高等学校卒
1968年(昭和43年)
大阪大学法学部入学
1971年(昭和46年)
外務公務員採用上級試験合格
1972年(昭和47年)
大阪大学法学部卒業
1972年(昭和47年)
外務省入省
1973年(昭和48年)
ドイツ・ゲッティンゲン大学に留学
スイス、中国、ドイツの各日本大使館勤務
1989年(平成元年)
外務省国際連合局軍縮課長
1991年(平成3年)
同国際連合局国連政策課長
1993年(平成5年)
文部教官 大阪大学教授
1996年(平成8年)
在ドイツ日本国大使館公使
1999年(平成11年)
外務省欧亜局審議官
2001年(平成13年)
同欧州局審議官
2002年(平成14年)
在デュッセルドルフ日本国総領事館 総領事
2005年(平成17年)
外務省国際社会協力部長(大使)
2006年(平成18年)
国際連合日本政府代表部 特命全権大使(次席常駐代表)
2008年(平成20年)
在ドイツ日本国特命全権大使
2012年(平成24年)
外務省退官、関西学院大学副学長(国際戦略担当)

【四国新聞掲載記事】