福島原発の故を受け、ドイツは2022年までの脱原発を決議した。8基が即刻停止となり、残り9基も順次停止する。ドイツで最初の営業用の原発が稼動したのは60年代。石油危機のあった70年代初頭に原発建設ブームが起こったが、1975年には新設反対のデモが始まった。こうした反原発運動から生れたのがドイツの緑の党。1986年のチェルノブイリの事故以降、ドイツでは新しい原発は全く建設されていない。1998年に社民党と緑の党の連立政権が誕生し、原発からの撤退を決定、その後、2010年にキリスト教民主同盟と自民党の現連立政権下で若干の修正が行われたものの、福島の事故のあと、全ての政党が賛成して、脱原発路線が再び明確なものになった。
ドイツは脱原発によって減少するエネルギー供給を、再生可能エネルギーの充実、電力ネットワークの更新、エネルギー効率の改善によって補おうとしている。2010年の総発電量のうち、石炭と褐炭は合わせて42%、天然ガスは14%、原発は23%、再生可能エネルギーは17%を占めている。因みにこの原発と再生可能エネルギーの比率は2011年には逆転し、2012年には原発が16.0%、一方、再生可能エネルギーは21.9%にまで伸びた。中でも風力発電の割合が高い。ドイツ政府は、再生可能エネルギーの割合を2020年には総発電量の35%、2030年までに50%、2050年までには80%に上昇させる計画である。
エネルギーシフトは様々な業界に恩恵を与えると考えられ、ドイツでは既に再生可能エネルギーの分野で37万の新規雇用が生まれ、強い国際競争力を誇っている。また脱原発で今後、新たな放射性廃棄物を排出しないこともメリットである。残念ながらマイナス面もある。ドイツが近隣諸国の原発事故で被害にあう危険性は残るし、また再生可能エネルギーが地域分散型であるため、送電施設がこれまでより目につきやすくなり景観が損なわれる可能性もある。
これからドイツのエネルギーシフトの成否は、10年も経てば明らかになるであろう。だからといって日本やその他の国々が、このドイツの動向を単に見守るだけでいいのだろうか?
(ドイツ総領事館提供)
オルブリッヒ総領事プロフィール
- 1950年9月28日
- ノイブルク(ドナウ河畔)生まれ。既婚、子供二人
- 1969
- 大学入学資格取得
- 1975
- ミュンヘン大学にて化学の学位を取得
- 1979
- ミュンヘン大学にて博士号(PhD, Dr. rer.nat.)取得
- 1979 – 1981
- 京都大学にてポスドクフェロー
- 1981
- ドイツ外務省入省
- 1983 – 1987
- 在京大使館広報渉外担当二等書記官
- 1987 – 1990
- 本省(ボン)にて学術交流担当一等書記官
- 1990 – 1992
- アテネ(ギリシャ)大使館経済担当参事官
- 1992 – 1997
- レイキャビク(アイスランド)大使館公使
- 1997 – 2001
- 本省(ボン、ベルリン)にて核エネルギー民間利用、核不拡散担当課長
- 2001 – 2005
- OPCW(化学兵器禁止機関)常任委員、公使(オランダ、ハーグ)
- 2002年以降
- OPCW大使
- 2005 – 2009
- 本省(ベルリン)にて軍縮・軍備管理局生物化学兵器部 CWC(化学兵器禁止条約)ドイツ国内当局局長
- 2009年7月
- 大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事館総領事